時計専門店に勤めて以来、様々なブランドに触れてきましたが、「なぜタグホイヤーはこんなにも安い価格を維持できるのか」いつも疑問に思っていました。
もちろんただ安いだけではありません。
とにかくかっこよくて、時計としての実用性や品質も抜群。
創業160年近い老舗の貫禄があり、品格やステータスだって申し分ありません。
ロレックスを筆頭にパテックフィリップ、オメガ、パネライなどが定価や実勢相場を上げ続ける中、タグホイヤーだけはコスパの良さを保っており、そのすごさというのは明らかです。
そこでこの記事では、「タグホイヤーはなぜ安いのか」。その秘密を考察してみました。
タグホイヤー安さの秘密①ブランド戦略が競合他社と明確に異なる
高級時計ブランドを価格でカテゴリー分けすると、タグホイヤーはエントリー~ミドルクラスといった立ち位置になります。
しかしながられっきとした「高級」時計ブランド。
競合にはロレックス,オメガ,IWC,ジャガールクルトなどの名門が居並びます。
また、ファッション業界きっての大手グループLVMH(ルイヴィトンモエヘネシー)の傘下企業で、ルイヴィトン,ウブロ,ゼニス,ブルガリといったハイブランド群のメンバーの一員です。
にもかかわらず、タグホイヤーはコストパフォーマンスが良い、といったイメージがあり、実際に価格の安さを実現しています。
その秘密は、こういった同業他社とは明確に異なるブランド戦略を掲げていることがまず挙げられるのではないかと思います。
タグホイヤーはなぜ安い ブランド戦略
タグホイヤーのブランドコンセプトは「手の届くラグジュアリー」です。
パテックフィリップやオーデマピゲなどの雲上ブランドは、「手が届く人が購入するラグジュアリー」といった立ち位置だと思います。
もちろんそういったブランド戦略は「アリ」で、特別感や所有者の優越感に一役買ってくれるでしょう。実際、ラグジュアリーブランドの代表格・グッチの創業者は「値段が高ければ高いほど所有する価値は高くなる」といった名言を残しています。
一方でタグホイヤーは多くの顧客の手に届けられる高級品を目指しています。そう、タグホイヤーのブランド戦略の大きな特徴は、顧客ターゲットが非常に幅広いのです。
企業は自社製品を売ろうとする時、まずターゲットを絞ります。
多くの高級ブランドが「富裕層」「社会的地位が高い方」をターゲットとする中で、タグホイヤーは若い世代~年配者までと幅広くとることによって、まず差別化しています。
これは、LVMHの中でもウブロやルイヴィトンとは明らかに異なるターゲティングです。
また、価格とステータス性の二軸でとったポジショニングマップ(自社と他社の市場での位置づけを明瞭化したもの)をご覧いただくと、タグホイヤーが同業他社と比べて独特の位置づけをしていることが見てとれるかと思います。
タグホイヤーポジショニング
まだ社会人になったばかりの若い世代でも「ステータスある高級時計がほしい」というマインドがあることを理解し、10万円台で購入できる安い価格帯の商品を用意する。これは競合他社にはない強みです。一方である程度の年齢になったのでハイエンドラインが欲しい、という方に対して50万円~70万円の価格帯のモデルを用意するなど、様々なニーズに応えられる幅広い商品構成を行っているのです。
実はこのターゲットを若い世代に広げる・他社と異なるポジションをとる、というのはラグジュアリーブランドにとってはもろ刃の剣で、一歩間違えると「安っぽい」「迷走してる」などと言われてしまうことも。
とりわけタグホイヤーはスイスの老舗企業なため、あまりにもチープな時計を出してしまうとブランド全体のイメージが下がります。
そうならなかったのは、後述する二つの秘密に関係があるのではないか、と考察します。
タグホイヤー安さの秘密②お値段以上の品質を実現できる生産ラインの確立
前述のように、タグホイヤーは決して安っぽいといったイメージはなく、むしろ時計としての品質も高級感も競合他社とそん色ありません。
その秘密は、お値段以上の価値を提供できる生産ラインを確立しているためではないでしょうか。
つまり、低価格なのに、その価格を大きく上回る高品質な時計の生産体制が存在するのです。
現在は一線を退いてはいるものの、LVMHの時計部門およびタグホイヤーのCEOを務め、現在のタグホイヤーの立ち位置に大きな功績を残したジャンクロード・ビバー氏は、実際に「販売価格の数倍の価値を与える」と明言してきました。
ビバー氏はタグホイヤーが歴史的に高い時計製造技術と、効率良い生産ラインを持っていたことに目をつけ、その強みをそのままブランド戦略に活かしました。
タグホイヤーはなぜ安い ブランド戦略
言うまでもなく、良いものを安く作るためには生産ラインがしっかりしていなくてはなりません。
しかしながら時計製造において、コストを削減するのは結構難しいのです。
と言うのも、時計は固定費比率が高い業界です。
設備費、人件費、開発費が他業界と比べ大きく、コストを下げるためには商品回転率を上げてその固定費を分散させる必要があるのですが、それもなかなか難しい、といったブランドは少なくありません。
なぜなら時計業界、特にスイス老舗は「職人の手作業」が重視される世界。ブランドによっては人件費が非常に大きなものになります。職人が手作業で作って一か月で一本しか製造できなければ、その人件費はその一本の価格に転嫁しなければなりません。
もちろんこういった「こだわり」のブランドも素晴らしいですが、タグホイヤーはマンパワーだけに依存する生産は自分たちの強みではない、と判断したのでしょう。
代わりに職人の手作業と同じくらいの品質の製品を自動で製造できる生産ラインを構築します。これによって一本の製造にかかる原価が圧倒的に安くなるだけでなく、時間をかけずに大量生産することが可能になりました。
この優秀な生産ラインに関しては、オメガも同じですね。
なお、タグホイヤーは現在自社開発に力を入れています。そして2016年、100万円台のトゥールビヨンを生み出すことに成功しました。
トゥールビヨンとは世界三大コンプリケーションのうちの一つの機構で、製造できるブランドが限られているばかりか、一本数百万円が当然という高コスト時計です。
しかしながらタグホイヤーは独自の生産ラインを武器にするばかりか、徹底的にコストを見直し、この価格を実現しました。
ちなみに搭載される機能はフライングトゥールビヨン(トゥールビヨンが浮いて見えるような仕様のこと)×クロノグラフ×クロノメーター認定と、普通だったら数千万円レベルの多機能機であることも付け加えておきます。
タグホイヤーはなぜ安い カレラ トゥールビヨン
カレラ ホイヤー02 トゥールビヨンT CAR5A90.FT6121
業界関係者から「ここまでクオリティの高い時計を他ブランドより明らかに安価に提供できるのは凄い」という声をよく耳にします。
これに加えて、近年では原材料高騰等が要因で、多くの時計メーカーが定価改定、すなわち値上げに踏み切っております。ウクライナ危機やこれに伴うロシアへの経済制裁といった地政学的リスクにより、貴金属や原油が高騰していること。また国内では円安が続いていることなどが背景として挙げられるでしょう。
さらに最近では意欲的に既存コレクションの刷新を図っておりますが、最新技術にアップデートした新作であっても、大きく価格を変えていないのが嬉しいところです。
ちなみにタグホイヤーは生産本数は多いもののそれを上回る需要があるため、人気モデルだとなかなか在庫の確保が難しい、といった現状があります。
こういったことからも、タグホイヤーのブランド戦略が大きな成功を収めているとおわかりいただけるでしょう。